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園だより


今ごろ、梅干だけのお弁当?


ご正忌を前にして思うこと

                    園長  小 野 修 三
 そうです。本園では、毎週水曜日、白米に梅干だけの「梅干弁当」が伝統となって、何十年も続いています。「今ごろの世の中に、なぜ?」とお尋ねになる方もいらっしゃいます。私自身も、そう思ったことがあります。成長期の子どもたちには、栄養豊富で、バランスのとれた食事を提供するべきだとも考えます。
 しかし、現在の日本の「食」の状況を顧みたとき、複雑な思いに駆られるのは、私だけではありますまい。テレビでは、連日、贅沢三昧の食事が放映され、パイやケーキが、面白おかしく相手の顔面に投げつけられています。回転ずし屋では、一定時間を過ぎた「すし」は、自動的に「ごみ」となって捨てられています。肥満の子どもも多く、小児の成人病(習慣病)が取り沙汰される「世界一の贅沢享受国」となっています。
 先日は、あるテレビの中で、「コンビニが無くなったら、生きていけない」という人の事を見ました。ガスコンロの上のやかんには、ほこりが溜まっていて、一度もお湯を沸かしたことがないそうです。時代は、激変してしまいました。この人にとって、『食』とは、何なのでしょうか? 率直な感想ですが、その瞬間、私には、ケージで飼われている鶏の採食場面がダブってきました。規格化・画一化され、全国どこにでもある「えさ」を食べて満足しているのでしょうか?
 食材となるものは、肉であれ、穀物や野菜であれ、全て、「いのち」を持った生き物でした。牛や豚や魚を殺し、稲や大豆や白菜の「いのち」を奪って、それを煮たり焼いたりして、私たちは口に入れています。悲しいことには、人間は、こうしなければ生き永らえることができない存在なのです。格好をつけて言えば、それらの「いのち」を戴いて、私の「いのち」を永らえさせて戴いています。だからこそ、食前には、「いただきます」という感謝の言葉が必要なのです。江戸期の浄土真宗の僧、日湲法霖師作と伝えられる「対食偈」には、『慎んで、味の濃淡を問うことなかれ』『慎んで、品の多少を問うことなかれ』と呼びかけられ、『もし、食の来由を知らずんば、負重の牛馬に堕するがごとし』と諭されています。終戦までの、安芸門徒の家やお寺では、食事時にはこれらの文言が繰り返し唱えられ、子ども達は、小さい時から、食事に対する考え方を教育されていました。一粒の米だって無駄にはできない精神を授かっていました。
 更に、浄土真宗の各家庭では、家族の死んだ命日に、祖先との縁を振り返るための「お精進の日」という特別な日があって、肉・魚・卵などは一切口にしない習慣がありました。食を制限することにより、「いのち」の続いてきた「ご縁」を振り返り、家族・親族のつながりを再認識してきました。
 また、1月16日の宗祖親鸞聖人のご命日「ご正忌」には、同じように、「お精進」を勤めていました。このため、芸南地方では、毎月16日には、魚市場が閉鎖され、漁民もこの日には、出漁しませんでした。戦後、特に、学校給食が、盛んになるにつれて、これらの習慣がなし崩しとなり、従来からの食文化が廃れていきました。かつて、ある新聞社の論説委員の方に、学校給食の功罪のひとつとして上記のような話をしたところ、カラカラと笑われてしまった経験がありますが、結果、行き着くところまで行ってしまった感じがしきりです。
 初めの項に帰ります。食は、単なる「たべもの」だけに留まらず、精神を伴う文化です。私ども安芸幼稚園は、浄土真宗を基盤に据えた教育を行います。「いのち」の大切さを口で唱えるだけではなく、「お精進」の精神に倣い、『梅干弁当』を、創立以来の伝統として、守り通しています。
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